2020年コロナ禍で気付いたこと。私にとって必要なものと不必要なもの

マインド
スポンサーリンク

こんにちは!ココブロ(@cocoblo202037)です。

2020年も7カ月を過ぎました。

私が思い描いていた2020年とはまったく違う現在を生きています。

 

2020年、本当は東京オリンピックを開催して、もっとプラスのエネルギーで世界中がアツくなっていると思っていました。

みなさんも一緒の気持ちでしょうか。

 

昨年末からニュースで見ていた新型コロナウィルスが瞬く間に世界中に広がっていき、たくさんの人に影響を与えていきました。

 

こんな出来事は、今後私の人生では起きないのではないかと思えるほどです。きっと、経験しないような気がします。

 

見えない未知のウィルスとの闘いのため、緊急事態宣言の発令、外出自粛になり、子供たちは学校に行けず、出社が基本の日本企業にリモートワークが普及していきました。

 

こんなに物事が急速に動くことはなかなか経験できないと感じました。

 

志村けんさんや岡江久美子さんが亡くなり、日本中が悲しみにくれました。

 

私も、大きなショックを受け、今でも信じることができません。今でもまだテレビに出て来るのではないかと思ってしまいます。

 

しかし、このコロナ禍で気付いたというか、自分の中で再確認できたこともあります。

 

今日は、

コロナ禍で私が気付いた大事なこと

をご紹介したいと思います。

 

スポンサーリンク

2020年コロナ禍で気付いたこと。私にとって必要なものと不必要なもの

自分にとって不必要なものとは?

 

ある日、友人と話していた時にハッとしたことがあります。

 

その友人は、誰とでも仲良くでき、誰にでも合わせられ、予定が空いていれば誘われたことには必ず参加するようなコミュニケーション能力のとても優れている人です。

 

そんな友人に

「このコロナ騒動で本当に会うべき人がわかった。今までは空いていたら友達に会っていたし、一人でいるよりも誰かと会っていることが多かった。でも、一人の時間も大事だし、無理に人に合わせることは必要ないことなんだと確認できた」

 

「旅行に行くのも友達に言われるまま安いホテルと安い飛行機にしたけど、本当はせっかく旅行にいくなら少し高くてもいいホテルにしたいし、国内便なら成田じゃなくて羽田から行きたい。もっと感覚の合う人といる方が楽だし楽しいってわかった」

 

私はこの言葉が彼女の口から出てきたことにとてもびっくりしました。

 

私の中では、誰にでも合わせられる、あまり愚痴などを言わない人だったからです。

 

それに、一人でいるよりたくさんの友達と会っているのが好きで予定もパンパンに埋まっているような人です。

 

まさか、彼女の口から「一人の時間も大事」という言葉が出て来るなんて!

 

偉そうではありますが、彼女が一皮むけたような気がしてなんだかうれしくなりました。

 

 

私にとって必要だったものは?

私は元々、友達の人数は多くないですし、合わないと感じたらそこまで深い関係にはなりません。

 

旅行も、金銭感覚と観光のモチベーションが一緒の人と行きます。もしくは、現地集合現地解散(笑)

(現地集合現地解散した記事は👇でどうぞ!)

 

 

ドライだと感じられるかもしれませんが、それが私にとっては一番心地が良いのでそうさせてもらっています。

 

前出の彼女の話を聞いていて、私は逆のことを思ったのです。

 

私には高校時代からの大親友がいましたが、度重なる不信から、2年ほど前から連絡を取らないようになりました。

 

当時は、今後はもう関わりを持たないだろうな、と感じていました。

 

しかし、このコロナ禍で、ふと

「元気にしてるかなぁ?」

と思ったのです。

 

私はかなり極端な人間で、人間関係を断捨離したくなると電話番号を変えたりLINEをやめたりかなり極端なことをします(笑)

 

後悔はぜんぜんなく、ただスッキリとした感情でその後生きることができます。

 

ですので、あまり人に執着をしません。

 

この元親友に対しても、今までありがとうという気持ちでサラッとした感情を持っていました。

 

彼女の誕生日が6月で、2年ぶりにおめでとうLINEをしました。

 

なんとなくの感覚でしたが、きっと彼女もふつうに返信をくれることはわかっていました。

 

彼女はやはり普通に連絡を返してくれ、なんだか安心しました。

 

安心したのは、彼女がふつうに返信をくれたこと、心に引っかかっていた「元気かな?」が確認できたからだと思います。

 

コロナ禍がなければきっと連絡を取っていなかったと思います。私にとっては、元親友の「元気」を確認することは必要なことだったようです。

 

期限があることを再確認

 

よく聞く言葉ですが

 

親孝行したいときには親はなし

【意味】
自分が年老いて親の気持ちが分かるようになり、大切にしようと
思ったときには、すでに親はなくなってしまって、もうこの世には
いないことが多いということ。

引用元:ことわざの参考書

 

この言葉がとても頭をよぎりました。コロナにかかってしまうと、最後はみとることも出来ず、会えるのはお骨になってからだと言います。

 

親孝行に限らず、何事にも期限があるということを改めて思い知りました。

 

両親、祖母、夫、姉、義兄、甥っ子、友人・・・いつでも会えると感じていましたが、このコロナ禍でいつでも会えるなんてことはないと思い知りました。

 

祖母は広島県呉市で原爆のキノコ雲を目撃し、終戦を迎え、激動の時代を生き抜き今では高知県で叔父と暮らしています。

 

覚悟はしていますが、いつでも会いに行けると思っていました。

(祖母の数奇な人生はこちらでご覧ください。)

 

両親も65歳になり、老いてきました。早い方だと、ご病気で同級生の親御さんが数名亡くなられています。

 

まだまだ元気でいてくれていますが、この状況で会いに行くことはできません。

 

旦那さんのご両親も弟も会いに行くことはできません。まだ孫の顔を見せられていないことにも申し訳なく思います。

 

まだ若い姉も、義兄も、甥っ子たちもこの状況で会うことはできません。私がコロナウィルスを持っているかもしれないし、向こうも持っているかもしれない。

 

誰でもいつまで生きているかわかりません。もちろん、私もです。

 

この感覚は2011年の東日本大震災の時にも経験しました。

 

誰にでもいつ何が起こるかわからない。何十年もこのまま生きていられる保障なんてない。

 

2011年は会社を辞めて未知の世界に飛び込み、一人暮らしも始めました。

 

やはり、人生後悔したくありません。

(当時の心境を書いてあります)

 

いつまでもこの日常が続くという保障はないことに改めて気付きました。普段も、後悔しないように生きていこうと思っていますが、やはりまだまだ考えが甘かったようです。

 

自分の人生に関わってくれた人すべてに感謝し、その気持ちをきちんと伝えていかなけれないけないと痛感しました。

 

まとめ

 

元々交友関係が広く、たくさんの人と一緒に居た友人は

  • 感覚が合う人と一緒にいること
  • 一人の時間を持つこと

 

人間関係があっさりしている私は

  • 人生で大きく関わった人に対する想い
  • 何事にも期限があること

 

これを気付かされました。

 

また、自分の中でのありふれた日常は、不変ではないと強烈に気付かされました。

 

きちんと感謝の気持ちを伝えていかなければいけないと感じました。

 

心の中で思っていても、本人にきちんと伝えなければ意味がないと感じました。

 

人間、若い人も老いている人もいつ死んでしまうかわかりません。このコロナ禍で誰しもが思ったのではないでしょうか。

 

2020年はガラリと世の中が変わっていきました。今までの「普通」が普通ではなくなって大変革の時となっています。

 

この事態に直面したことをマイナスに捉えずに、次の時代をどう楽しく生きていくかを模索して人生を全うしたいと感じています。

 

今悲観的になっている方がいらっしゃいましたら、どうか、明るい未来を一緒に創造していきましょう☆彡

 

 

(Visited 50 times, 1 visits today)
マインド
スポンサーリンク
スポンサーリンク
cocobloをフォローする
スポンサーリンク
プロフィール

営業、秘書、投資家の付き人、事務、コールセンター(SV)、加圧トレーナーなど様々な職業を渡り歩きました。副業で銀座ホステスと婚活パーティーの司会・受付もしていました。
やりたいことやり尽くしました(笑)
今は専業主婦しています☆
これまでの経験や好きな本の紹介など自由にブログ書いています。

cocobloをフォローする
ココブロ
タイトルとURLをコピーしました